2005年10月02日

ハナの思い出

ハナは、ぷーままの親友が飼っていたGシェパード。
去年の11月に7歳の誕生日を目前に、虹の橋を渡った。

ハナは、典型的なワンマンズドッグ。
彼女のところにやってきたばっかりの時に、会いにいったんだけど
あんなに可愛くない仔犬は、初めて見たよ。
だって、3ヶ月にもならない子犬が、飼い主だけを見ていて、
他の人が近づくと、ひくーい声で「ウーー」ってうなり続けている・・。
飼い主だけを追いかけて、飼い主の一部(足でも、スリッパでも)に触って
寝ている。
おまけに、すごいつり目で、キツネみたいな顔だった。
ぷーまま、心の中で、(どんなブチャイクな子になるんだろう・・)と
心配していたよ。

半年の訓練を終えて、パピーの時のように、飼い主べったりではなくなった。
相変わらず、思いっきり飼い主を見張っていたし、
不審な人には猛然と攻撃をかけるハナだったけれど、
(不審な人・・ハナのドッグフードを配達に来る宅急便の人・・ハナ、そりゃないよ)
一緒に山梨に何回もお出かけするようになってからは、
ぷーままんちの一家とはとても仲良しになった。
心配していたけれど、美人になったし・・。

ハナが発病したのは、2歳6ヶ月の時。
ひどく下痢をするようになったのだ。
とにかくひどい。
えさを変えたり、環境を変えたり、(当然獣医さんにはかかってましたよ。)
いろいろ頑張ったけれど、なおらない。
30キロあった体重も17キロを切るまでに・・
ぷーままの家に来ると、いつも下痢がとまるので長く預かったことも。
でも、20キロくらいまで復帰したところで、ぷー家でも、下痢。
夜中に寝ている頭の先で下痢の音がするので起きる・・という
すごい経験をした。(くさいのくさくないのって・・、絨毯捨てました)
ぷー家のかかっている獣医さんに連れて行ったところ、
(すごく安くて、すごく真面目で、いい先生なの)
「多分そうだと思うけれど、正確な診断は内視鏡をしないとつかない。
 ぼくのところでは、ここまでやせた犬に内視鏡はできないので、
 大学病院に紹介状を書くので行ってほしい。」
「急がないと、このままもう少しやせたら、多臓器不全で死んでしまう。」
といわれました。(できないことはできないって言う、いい先生よ。)
(危うく、ハナは、カレン・カーペンターと同じ死に方をするところだった)

麻布獣医の付属病院で検査した結果は、先生の見立てどおりだった。
「リンパ球性プラズマ細胞性腸炎」という、下を噛みそうな病名。
免疫疾患らしい。

投薬治療が始まり、ハナは、また28キロくらいの、ふっくらした
愛らしい娘にもどった。
でも、今度は、薬の副作用で、毛が抜け出した。かゆくて足をかみ壊してしまう。

薬を減らさざるをえなかったので、ハナの病気は完治できなかった。
亡くなるまでの、数年間。ハナの飼い主は、ウンチとえさの観察に
明け暮れざるをえなかった。
「はなくそ日記」
ハナのウンチ(くそ・・失礼)の日記を、彼女はつけ続けた。
薬についても、正確に書き込んだ。
今、麻布獣医の学生さんが、この日記と、写真(後半全てのウンチの写真を撮った!)を
元に、論文を書いたりしているそうだ。

6歳の夏、ハナの具合が悪くなった。また、やせた。
検査すると、内臓周りにリンパ腫ができていた。
最後は、抗癌剤と、高カロリーの点滴で、口からの摂取はほとんど出来ずに過ぎた。
(点滴しても、下痢をする・・腸の中はいったいどんな惨状になっていたんだろう)
とうとう、点滴も入らなくなり、私たちみんな泣いたよ。

可愛い娘がいなくなるのは寂しいけれど、ハナ、もうそんなに頑張らなくてもいいよ・・って。
骨と皮ばかりになっても、ハナは、最後まで、飼い主を守ろうとしていた。

今、虹の橋で、お腹いっぱい食べて太っているんだろうな。
あんまり太っちゃうと、ハナだってわかんないよ・・・。

 
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  今週、ハナ二世が彼女のところに来た。
   おしっこばかりたれるので、飼い主は悲鳴を上げている。
   ぷーままんちも、これから、二世に会いに行ってきます!
 

 
 
 
 
 

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2005年09月16日

庭猫達

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うちの庭に作った野菜倉庫で野良猫が子供を産んでしまった。
見守っていたのに、5日ほどで、オス猫に襲われて子猫は喰われてしまった。

それから、3ヶ月ほどたったある日、庭に子猫がいた。
結構器量よしの濃いグレーと薄いグレーの2匹。

ダンボールの箱に入れて、見張っていたら、
きたのは、前回のあのお母さん猫だった。

鎌倉のPAK(動物保護団体)にお願いして、トラップを貸していただいて親子を捕獲。
避妊、去勢手術をして、晴れて餌をやれるようになった。

お母さんは、『フウ母さん』。
今でも、餌をもらうときだって、ふうーーって怒って近づくからね。

息子たちは、『クック』と『チッチ』。
チンチラペルシャが入ってるんじゃないかという毛並みで
結構美形です。
兄弟は、庭に用意した箱に寝て、一日中、庭でふたりで遊びまわり・・。
2歳でチッチが死んでしまうまで、ホントに仲良く暮らしました。
気が付いたら、箱の中で、寝ながら死んでいたチッチ。
多分車にはねられたんだと思います。

チッチがいなくなったら、フー母さんが帰ってきた。
いま、クックとフー母さんが、一日庭で寝そべっています。
相変わらず、フーって怒っていますが。

(クックは、娘や母は好きみたい。
 手術した時、私に捕まったので、“一生忘れない”と、いつも私は恨みがましく
 みられています。
 猫って根に持つ動物なのよね。)

 
 
 
 
 
 

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2005年09月11日

先住犬 アーク②

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アークは、大きくなる予定だったから、
ビーボみたいに育て方失敗しちゃいけない、とぷーまま真剣でしたよ。
だから、半年になった時、相良直美さんとテリーライアン先生の、『家庭犬のしつけ教室』が
鎌倉であると知って、即、申し込みました。

上の2枚はしつけ教室の写真です。
上の写真、左にいるのが、相良直美さんです!
前にも書いたかもしれないけれど、ビデオ上級編にアークとぷーままで出ています!!

アークは、けっこう芸達者で、★おやつを鼻の上に乗せて『待て』、
★『よし』のひとことで、鼻の上のおやつをパク。ってのが得意でした。
投げられたものをキャッチするのも超得意。
とって頂戴といわれて、指差されたものを取って来るのも
上手でした。

グレーの配色の、とってもきれいな、さわり心地のいいハスキーでしたよ。

相良直美さんに頼まれて、ハーネスの宣伝に出演した事もありました。
大きく見えるのに、実は中身が小さいアークは、
『取り寄せた見本がハスキーに小さすぎたんだけれど、アークなら・・』と
その、小ささを見込まれたのでした。

相良直美さんいわく
『アークは、安物のてんぷらね。衣ばっかり!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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先住犬 4頭め アーク①

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サルーキとトイプードル親子の3頭がいるところに
もう1頭買った人がいた。
3頭いても、ぼくの犬はいない・・とか言って・・。
世話もしつけもママ任せでは、4頭目もママの犬になっちゃうって
気付かないんだ・・。

近所の獣医さん(ビビの出身の)で、江ノ電から見えるところに
きょうだいのハスキーを「どなたか、買って下さい」って
ケージに入れて置いてあったやつ・・。
3ヶ月になっていた。
しろうと繁殖なのに、結構高かった。
ちょうど、ハスキーが流行り出したときだった・・。

お姉さん犬は、うちから10軒も離れていないお宅が
買った。

幼稚園生だった次男と同じ大きさだったよ。
「大好き、好き好き。」
一緒に育った。
次男は、今でも、アークが一番大好きだそうだ。

 
 
 
 
 
 

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2005年09月10日

先住犬ビビとジェルミ

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ビビを飼ったら、親戚が子供が欲しいといってきた
・・で、仔犬を産ませました
4匹生まれて、みんなオス

3匹は、おじいちゃんのところと、おじさんのところと、
いとこのところに行きました。
一匹だけ、生まれたときから体重が他の子の半分近かった子は
心配で残しました。
残ったジェルミは、寸足らず。
大人になっても2キロなかったし・・
ポケットに入れて歩けた
足りなかったのは、寸だけじゃなくって
ジェルミは、知恵もちょっと足りなかったよ・・
シャイだし、おしっこはいくら教えても、寝床の中でもしてしまうし・・・
結構大変だった。
お手を教えたら、手は挙がるんだけど、降りて来ない。
その手をつかんで、よしよしって振ったら
井戸のポンプみたいに、上下に振るたんびに
おしっこが飛んで来たよ・・

なぜか、車のスピードが100キロになるのがわかって
ホントに、ちょうど100キロになると、後ろの席に逃げていった・・
 
 
 
 
 
 

Posted by Okada at 14:33 | Comments (0)

先住犬ビビ①

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ビーボは、結婚した時、連れて行くことが出来なかった(住宅の問題で)
両親のところにおいてきた

子供たちが生まれ、一週間土日を除いてほとんど毎日子供たちを実家に預けて
仕事をしていた
子供たちがそばに行くと、父が牽制して、「ビーボ、こら」と、いったらしい
子供たちは、犬を見ると、「こら」と言うようになってしまった

ビーボは、人にはとってもおだやかな子だったから
「こら」といったからって、何の心配もない
でも、よその犬に、「こら」と言って近づいたらどうだろう

心配で、借家の大家さんに掛け合った
小さな犬ならいいと言っていただけた
・・で
≪嫌な事をされたら噛み付く。噛まれても、痛いけど
怪我はしない。しかも、毛が抜けない。≫ という、都合のいい
犬を探した。
知り合いの獣医さんで、来月生まれるから、うちのプードルをどう?
と勧められて、決めたのがビビ

とーっても、頭のいい子でしたよ

でも、当時、子供たちの写真はたくさんあるんだけど
犬だけ写っている写真はあまりない・・
 
 
 
 
 
 

Posted by Okada at 14:30 | Comments (0)

2005年09月09日

先住犬ビーボ②

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ビーボは1回子供をとった。
だんなさんは、その頃まだ府中にあったSirshaの若いグリズル。

生ませる前に、予約を取っておいたのだけれど、
8頭生まれて♂1、♀7。 女の子が多かったので
まだ、大型犬が一般的でなかったときでもあり、
「メスならいらない」という人もいて、全部の行き先を決めるのに苦労した。

ビーボはおっぱいの出が良いとは言えず、
(8頭じゃ無理ってものかな。)
哺乳瓶で授乳したり、ほんとに、忙しく楽しい2ヶ月を経験させてもらった。

写真は①生まれました
   ②だんなさんです(まんなか)
   ③④2ヶ月になりました
   ⑤出戻りアガサ

5枚目のアガサって、沢田亜矢子ににていません?
 
 
 
 
 
 

Posted by Okada at 11:55 | Comments (0)

2005年09月07日

先住犬ビーボ①

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             ビーボ生まれる(1980年5月)
 
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私が始めて飼った犬がビーボ。
それまで家にはずっと犬がいたけれど、初めての自分の犬。
初めての大型犬で、
今ほど、大型犬がはやっていない時だったし、
いろいろわからないことも多くて大変だったけれど、
14歳7ヶ月まで生きてくれた。

私が、結婚して、子供を産んで・・・という時期をいっしょに暮らした。

Posted by Okada at 11:49 | Comments (0)

2005年08月29日

トラウマ

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ノエルは、捨てられた時のショックが
大きなトラウマになっているらしい。
(初めて読む方に・・ノエルは元の飼い主に捨てられた保護犬です。)

はじめに気付いたのは、山梨でだった。
うっかり玄関の戸を開け放してしまって、ノーリードで外に飛び出してしまった。
「いけない!山梨で迷子にしてしまったら、さがせない!」
思い切りあせった。ほんとうにあせった。
ところが、外に走り出たノエルは、自分が一人で外にいる事に気付いた途端、
必死にうちの車に走り寄った。
そして、ドアに体当たりで飛びついた。
ランドクルーザーだからドアの位置は高い。
それに、何度も何度も飛びついた。

そういえば、車に乗せるとき、いつも、
すごくあせって乗り込もうとするから、上手く乗れなくて、
ひっくり返って落ちてくる時がある。

寒い冬の朝、(夜かもしれない)
自分を動物病院の前につないで、逃げるように走っていく飼い主の車を
ノエルはどんな思いで見ていたのだろう。
そして、その後のセンターでの思い出。
ノエルの心に、どんなに大きな傷があるのだろうか。

写真は、うちに初めて来た日のノエル。
体重が,まだ20キロしかなくて、ウエストが後ろに写っているCOCOより
細かった。
3ヶ月預かってくださっていたボランティアさんが帰って、
不安いっぱいの顔。
表情も、しばらくなかった。
 
 
 
 

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2005年08月05日

うちの犬の事情④ ノエル編

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ノエルはCOCOよりもっと悲惨だった。
寒い冬のある日、都内の動物病院につながれて捨てられていた。
動物病院は、すぐに、保健所に連絡した。
飼い主に放棄された犬は、迷子の犬と違って一日しか生きていられない。
翌日殺されてしまう。
三年前のクリスマスの日、ノエルは、センターの、その、明日殺されてしまう部屋にいた。

東京で頑張って大きな犬を助けてくださっているボランティアさんがいる。
ご自身、ペットショップで売れ残ったドーベルと、いずれも保護犬の
老シェパードと、老ゴールデンと、元野良猫だった猫ちゃんを飼っていらっしゃる。
常時、2頭ぐらい、預かりのWANがいる。本当に頭が下がる。

ドーベルは、センターに保護されても、なかなか出してはもらえない。
(性格が性格だからね。新しい飼い主を早く見つけられれば、また、一匹出してこれる、
なかなか決まらないと、他の犬を助けられない、という
ジレンマに、ボランティアさんもくるしんでいる。)
ノエルは、センターでは他犬と友好的で、職員の方がいい子がいると連絡されたらしい。
(職員さんだって、救えるものは救いたい。)
クリスマスに救われたから、ノエル。

私は、2月から、ノエルがその保護団体のHPに乗っているのを見ていた。
3月になって、写真が2枚に増えた。希望者がいないのだろうか。
『遊び好きの2頭と上手くやっていけるなら。』と、メールした。
すると『多頭飼いは、ストレスもあるから、』と、やんわり断られた。
良い子らしいから、すぐ決まるだろうと思っていたが、3週間たっても
そのままだった。
気になってプーママ、うちの家族の写真をつけてまた、メールした。
家族構成はOKだが 『三匹も若い犬を飼いたいという気が知れない。』と、
また断られた。
格好がいい、とか、憧れのドーベルとか言う理由で応募は多いが、なかなか
安心して託せる人がいない、というお話を送ってくださった。
お返事に、うちの犬たちの事を書いた。
そうしたら、『ウンチがこわくて犬が飼えるか』という、我が家の合言葉に
いたく感激してくださった。
『何を隠そう、ノエルもトイレがまだまだの困ったちゃんです。』
『大型犬飼育経験者で、先住犬が1頭までで、心の広い(!)家族を探していましたが
応募は毎日のようにあるが、これといった人がいなかったのです。』
『そんなノエルでもよろしければ・・。でも、サルーキちゃんも大変そうですから
よく考慮してください。』
と、お返事をいただいた。

それから、犬たちはお見合いをし、晴れてノエルはうちの子になった。

保護された時、ノエルは18キロしかなくて、爪が伸びすぎて肉球が地面に着かない
ほどだったそうだ。おなかが弱くて、なかなか太らせられない。
いや、食べるのだけど、発散してしまうらしく、肉にならない。
(うちの散歩がハードすぎるという説もある。)
ぶつぞと手を上げても、平気な顔をしてみているのだけれど
散歩に行く時、玄関で傘を持ったらすっ飛んで逃げた。
食堂のいすを動かしただけでも、となりの部屋まで逃げていく。
どうやら、そういったもので殴られていたらしい。
(私の手がこわくなるのに、一年かかった・・・)

うちに来て3ヶ月。どうやら、ここが僕のうちだと悟ったらしいその頃から
家族以外の人を、吠え殺すようになって来た。
若い男の子と、帽子をかぶった人間が大嫌い。制服(宅急便とか郵便局とか)を着たひとも
大嫌い。制止しなければ、咬むだろう。
オス犬も、大嫌い。小さい犬はオスメス関係なく嫌い。
よーく見ていると、弱虫なんだな、ノエルは。
こわいから、吠える、うなる、咬みそうになる。
『おまえの方がよっぽどこわい』と言い聞かせているんだけど・・・

おかげで、プーママは、ノエルを制止する事で、筋力が増した。
ノエルは筋力増強マシーンならぬ増強犬だったのだ。
先日、骨量を測ったら(右手で測った)年齢の105パーセント!
軽く、みんなをこえちゃった。
左手で測っても、そうだったかなあ・・。




Posted by Okada at 15:20 | Comments (0)

うちの犬の事情③ COCO編

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友達の家のコリーが骨髄腫で虹の橋を渡った。

ちょうどその頃、庭に、子連れの猫が現れた。
えさをやりたくなるほど、母子ともにやせ細っている。
でも、えさをやっては、野良猫が増える・・
獣医さんに相談したら、鎌倉のNPO法人PAKを教えてくれた。
相談すると、快くトラップを貸してくれて、無事、避妊去勢手術をする事ができ
晴れて、猫たちにえさをやれるようになった。
(母さん猫は、執念深く、『あんたのした事は絶対忘れない』と私を見ては
唾とともにフーーッと怒りを飛ばす。だから『フー子』になった。)

教えていただいたPAKの里親探しのHPを見ていたら、シェルティの兄弟犬が
出ていた。9ヶ月とある。
コリーをなくして茫然自失の友人に、そのシェルティを勧めた。
いい子じゃない?色も、前のコリーにそっくりだし、
もう歳だから犬はおしまいだと言うパパにもこの子なら・・と
思いっきり勧めた。
勧めれば勧めるほど、犬はかわいらしく見えてきた。
あなたのところみたいに溺愛するところに、こんな不幸な子が行けたら幸せ、と
けしかけた。

そう、COCOは不幸な子だった。
ペットショップで売れ残り、兄弟犬とともに実験動物のブローカーに売られるところを
ボランティアさんに救われた。
7ヶ月まで檻の中しか知らなかったし、えさもちょっとしかもらえなかった。
(えさが少ないと、大きくなれなくて、いつまでも仔犬のフリがさせられるからね。)

そんな時、獣医さんで偶然、超お薦め犬COCOとプーママ、会ってしまった。
あーあ、見ちゃったらだめだよ。
衝動買いと同じ。
家に帰るなりPAKに電話した。
『うちに下さい!』

うちに来る車の中でも、家に入ってからも、COCOには表情が無い。
おまけに、檻の中しか知らないから、階段も、敷居すらまたげない。
でも、プルートに会ったCOCOの嬉しそうだったことったら・・!
部屋を走り回り、何でもプルートといっしょ。
プルートのトイレでシッコして、プルートとくっついて寝て、
何をするのもプルートといっしょ。
散歩を除いて。

COCOは、道路を歩けなかった。
道路に下ろされると、固まってしまう。
呼んでも、脅しても一歩も出ない。
しょうがないから、ショルダーバッグに入れたり、リュックサックに入れたり、
自転車のかごに入れて散歩した。
外がこわいCOCOは、リュックのふたの陰に隠れようとしていた。
そんな日がひと月ほど続いたある日、COCOを下に下ろして、プルートを
自転車につないでいたら、COCOが大好きな自転車のかごに向かって
とことこと4~5歩あるいた!
思わず私は自転車を少しだけスーッと動かしてみた。するとまた、とことこ。
スーッ、とことこ、スーッ、とことこ、一時間くらい、約2キロCOCOはあるいた。

次の日から、COCOは見事に道路デビュー!
走ってみれば、牧羊犬のCOCOは、体力、持久力とも、いい加減なプルートとは
大違い。走る、走る。
最初、獣医さんに、この子は骨格がきゃしゃだから8キロ以下に体重を抑えるようにと
言われていたけれど、『筋肉が付いているから9.8kgでもOK.』
『COCOちゃん、スポーツ心臓ですね。』とのお墨付き!

『うちもシェルティ飼っているんですけど、この子硬いですね。』と、よく言われる。
COCOは全身筋肉になった!

うちで、一番怒られないのは、COCO。いつも、みんなにいい子ねえといわれて
可愛がられている。(ほんとは、すごく気が強くて、けんか売ったりしてる)

COCOに声をかけるとき、他の黒犬さんたちのときと違って、声が高いと
指摘される。
『こら、プルート!』と、図太い声で怒鳴った後で、
つい『あーらCOCOちゃん、いい子ねえ。』って高い声で言ってしまうんだな。






Posted by Okada at 14:53 | Comments (0)

うちの犬の事情② プルート編

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ひと月違いで2頭の愛犬が、虹の橋を渡ってしまうという過酷な現実に
何を見てもウルウル泣いてしまう子供たちのためにも、
そして、泣く事もできずにいた私のためにも、
どうしても、新しい犬がほしい!と、プーママ、あちこち探しまわりました。

そして、昔、うちのサルーキを交配させていただいたブリーダーさんにお電話を
かけたのです。今、すぐ、渡せそうな子犬はいないか・・と。

二匹の癌治療で出費もかさんだ後でもあり、一頭いくらで譲っていただけるかも
聞かなくてはならない事でした。
ところが、うちの事情を話していると、
『じゃあ、治療費かかってたいへんだったでしょう?
 ちょうど、今、うちに差し上げられる子が一匹いるのよ。
 タマ(睾丸)が一個降りてこなくて、待っているうちに5ヶ月になってしまって
 もう家の中では飼ってもらえないと諦めていたんだけど
 あなたなら、家の中で飼ってくれるわよね。』
という、嬉しい申し出。プー家は、那須に走りました。
まだ飾り毛が延びていない、ツンつるテンのプルートは、でも
もう、18キロあって、
ツンつるテンなのに、なんだか、体中毛が長い。
『この子、毛、長くありません?』と聞く私に
ブリーダーさんのご主人いわく、
『今年の冬は雪が多くて寒かったから・・』(???)

いやあ、バリカンが必要なサルーキがいるなんて知らなかったよ。

那須から湘南の我が家まで約5時間、
初めて車に乗ったプルートは、シッコはするわ、吐くわ、吐くわ、吐くわ、
いっぺんで車が嫌いになりました。

家について、息子が『ビーボと同じにおいがする。』というのです。
そう、7年前に死んだ先住犬のサルーキと同じにおいがするのです。
飼い始めたら、わからなくなってしまいましたが、確かに、
ものすごく懐かしいにおいがしました。

プー様は、お留守番ができません。全くできません。
おいていかれたとなると、シッコしてウンコして、ついでに
そこらじゅうを破壊します。
35cm×50cmの籐のゴミ箱をみじん切りにしましたし、
玄関ドア(無垢の木でできている)の半分近い面積に斜め線の模様を彫り付けたし、
食堂テーブルには立派な歯形を何箇所も残したし、
食堂のいすは、よそ行きを着て近づくと、引っ掛けられる、バラのようないすに
してしまいました。

プー様は、薬を飲まないと車に乗れません。
10分とたたないうちに、げろげろします。
ついでに、ナイアガラの滝のように涎をたらします。
以前、1時間半でバスタオル1枚を絞れるまでぬらしました。

プー様は、呼ばれると、まず前足を伸ばしてひとあくび、
その後、反対側にもう一回あくび、それでも相手が呼んでいた時だけ
しようがなさそうに、面倒くさそうに、のそのそいらっしゃいます。

プー様は、舌が短い。鼻の上まで届きません。
クリームを鼻の上の毛の生え際くらいに乗せると、いつまでも
クリームがあります。水を飲むのも、ご飯を食べるのも、性格とこの舌のせいで
超のろいです。

なんだか、猫のような、この変なプー様とともに、我が家の第二期多頭飼い生活が
スタートしたとは、この頃気付いていなかったプー家でした。




Posted by Okada at 14:04 | Comments (0)

うちの犬の事情① 先住犬編


3年前の3月、トイプードルのビビが、歯茎の癌が喉に転移して
2年近いの闘病の末、亡くなりました。
癌がまだ、歯茎だけにあった時に、どのように手術するのか聞いたところ、
下あごを全部取ってしまうということ。
『舌はどうなりますか?』
『だらっと垂れっぱなしになってしまいますね。』
『ご飯や水を飲むのはどうなりますか?』
『自分ではもう飲んだり食べたりできなくなります。』
・・悩んだ末、手術するのをやめました。

幸い、合う薬があって、お口がくさかったのも改善され、
つかの間の平穏な時期がありましたが、
年末から、喉に転移した腫瘍が大きくなってきてえさを飲み込めなくなり、
犬缶の裏ごしをスプーンで丸めて
喉の開いている側にするっと流し込むという食事になり、
歯茎にものすごく大きなポケットができてしまったので、毎日そこを何回も掃除し、
人間のお医者さんにもらった薬をつけた脱脂綿でふさいでおくという、
なかなか、手のかかる大変な作業もふえました。

最後の2ヶ月は、舌にも転移してしまい、
癌性の脳症も起きてきて、見ているのが辛いような事もありましたが、
最後まで、家中歩き回っていましたし、えさも、砂糖を加えてカロリーを
増やし、一日に何回も食べて、
なんだかひょうひょうと暮らしていたように見えました。
(本当は辛かったかもしれません。)
3月3日の夜、薬を飲ませて、ちょっとご飯を上げたところ、
息が詰まって、そのまま虹の橋を渡っていってしまいました。
13歳、トイプードルでは、まだまだの年令でした。

その、3日後のこと、
一頭残った、シベリアンハスキーのアークが
具合悪そうに、寝てばかりいて起きません。
布団をかけても、いつものように暑そうに払ったりせずに
ずっとかぶって寝ています。
獣医さんでいろいろ調べた結果、足先の神経が感じていないし、
どうも、背骨に何かあるらしい。
レントゲンに移っているのは、骨折かも知れないし、腫瘍かもしれない、
というのです。
原因がはっきりわからないのですが、とにかくアークは痛いらしい。
頭を下げて、じっと立っているか、寝ている。
獣医さんの痛み止めの薬を飲ませても、痛いのは変わらないみたい。
私、人間のお医者さんにお願いして、人間用の痛み止めの注射を
譲ってもらって、アークに注射しました!
一日だけ、注射と飲み薬の量が多かった日、元通りに頭をあげたアークが
いましたが、また、頭が下がり、そうこうしているうちに、
腰から下が全く麻痺してしまったのです。
獣医さんでさらにレントゲンを撮ると、重度の肺炎も起こしていました。
「肺の血管の癌かも知れない、でも、こんな状態では精密な検査はできない。」
とのことで、一応インターフェロンで肺炎の治療を続けていただき、
良くなったら精密検査を、という事になりました。

昼間は、獣医さんで点滴だったのですが、ずっと上半身を起こして起きている。
そして、夜は、同じ側に寝ていると呼吸が苦しくなるらしく、
30分から1時間おきに体を起こしてやり、しばらく立てておいて、反対に
寝かしてやる。
下半身が不随でしたから、手伝ってやらなければ寝返りが打てません。
しかも、骨折かも・・といわれたところが、ものすごく痛いらしく、
そこを動かさないように体を羽交い絞めにして起こしても、
ギャッと泣くのです。・・20キロという、ハスキーにしては
小さい子でしたが、夜中続く、この寝返り看病は壮絶でした。
5日間の半身不随生活が続き、
なんだか今日はやばそう、預けてくるのはよそう、と思いながら
獣医さんに出かけました。おしっこを採ってもらわないと
自分ではできないので、それだけしたら帰るつもりでした。
獣医さんの前に車を止め、アークの番が来るまで
車の中で待つ事になりました。
その時、
突然アークが、自分で頭を上げてこっちをじっと見たのです。
そしてそのまま頭がグーーっと上を向いてしまいました。
『アーク!』  呼んでも、もう答えません。
飛んできた先生が聴診器を当てて、
『残念ですが、もう心臓が動いていません』
まだ10歳でした。

最後に、アークったら『ママ、じゃあね、』って、こっちを見たんだね。

ビビが死んだのが3月3日、アークが4月6日。
あいつら、いつも勢力争いしていたから、病気でも弱みを見せられなかったらしい。
『チクショウ、あいつら、仲悪いのかと思ってたのに、何でいっしょに
行っちまいやがるんだ・・』と、次男が涙をこらえながらつぶやいていました。
13歳と10歳、死ぬ時期をずらそうと思ってずらして飼ったわけではないけれど
何もいっしょにいかなくても・・ねえ。って私も思いました。

こうして、一時は、サルーキ、トイプー×2、ハスキーの4頭がいた多頭飼いが
幕を下ろしたのでした。
(アークは相良直美さんのとこの『テリーライアン先生の家庭犬のしつけ教室ー上級編(!)』
 に、私といっしょにでています。)




Posted by Okada at 13:58 | Comments (0)