2007年07月13日

北岳稜線小屋 売店 (古い写真7)

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北岳稜線小屋の3つあるプレハブの真ん中の、一番小さなプレハブ小屋。
 
 
ここは、私たちの事務所であり、メインの仕事場であり、食堂であり、寝室であり、
そして、登山客の食堂でもあった。
 
朝、起きると、毛布とマットレスを片付け、
両側によけてあったテーブルを2列、部屋の真ん中に出すと、
あっという間に客用食堂になる。

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よほど空いているときでないと、いす(ベンチ)など出さない。
小屋の収容人数に比べて、食堂が小さすぎたのだ。
一度に40人くらい食べてもらって、それを3回、4回と交代制でやっと全員まかなえるのだった。

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登山人口がとても多かったし、ここは、南アルプスの『銀座』とも言うべき、とても人気のあるコースだったので、自炊でない宿泊客も、とても多かった。
今考えると、とても質素な食事だったが、『パンの耳をかじりながら縦走する』ような人がいた時代だから、炊き立てのご飯と温かい味噌汁が出るだけでも、贅沢・・と思っている人も多かった。特に、南アルプスにはね。
 
左奥の掘っ立て小屋の中には、洗い場があって、
3つ並べた大きな桶の中で、食器を洗った。
1つ目には洗剤の入ったお湯。2つ目と、3つ目にはお湯が入っていて、しばらく使うと2が1に、3が2になるシステムだった。
 
この小屋には水源が無いので、ふだん炊事に使う水も、食器を洗う水も、私たちが飲む水も全部、屋根から引いた、『天水』(てんすい)・・・雨水だった。
小屋の裏手にはふたをしたドラム缶が壁際にズラーっとならび、
雨が降ると、雨どいからドラム缶に水をためるようになっていた。                                       
宿泊客に配る水も、当然天水。
水は、本当に貴重だった。 
 
宿泊客の朝ご飯が住むと、やっと自分たちの朝食。 
3時半に炊飯器のスイッチを入れてから、4時間くらいして、やっと朝ご飯だった。
 
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食後は登山者が出て行った後の小屋の片付け、そうじ。
昼近くまで、いろいろと雑用があった。
 
昼間の空き時間には、みんな、小屋で毛布をかぶって昼寝。
とにかく2900mの稜線は夏でも最高気温15℃。
昼寝には最高の気温だった。
 
前にも書いたけれど、ぷーままはお祭り屋なので、こういう所に行くと興奮してしまって(?)
眠れない。
もう一人ねむれない山梨大学の子と二人で、残りご飯でお弁当を作って売ったら
けっこう売れて、ほめられたっけ。
 
昼過ぎには、登山客がちらほらと到着し始める。
3時過ぎには受付を開始して、4時半ごろには晩御飯を食べさせ始めていたように思う。
登山者は朝が早いからね。
夜も早く寝てしまうのだ。
 
 
ぷーままは、途中から、受付係をおおせつかるようになった。
なぜかっていうと、
受付は、お金の間違いが多い。
特に、薄暗い小屋の中でのことだから、後で精算してみると足りないということがしょっちゅう。ところが、ぷーままが受付をしてくると、いつも、計算よりお金のほうが多い。
 
ひどいときには数千円少ないこともあったのに、ぷーままだけは絶対現金のほうが多い。
 
いつも計算をするオヤジさんに、
『これからは、〇〇がやれ!』と言われたのだ。
 
言っておくけど、お釣りが少ないってクレームがついたこともないし、いつも明朗会計だったのだよ。
どこかから文句が出たことだって無い。
なのに、いつも現金が多かったんだ。
食事だってお弁当だって、ちゃんと確認してるし、寝具だって二人で確認して出していた。
ぷーままだって、どうしてだかなんてわかりゃしない。
とにかく、少なかったことは一回も無かった・・・ 

 
 
 
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Posted by Okada at 2007年07月13日 00:18
Comments

ぷーままさんは、きっと北岳の小人さんに、愛されていたのヨ(笑)。
こっそり、近くで登山者が落としたお金を混ぜてくれたのかも.......。

Posted by: kazu at 2007年07月13日 06:51

この頃から「早く おいしく たくさん作る」が身に付いたのですね^^

3つの桶で食器を洗うシステム、似たものがあたしの住むお山には今も生きてますよ。おババ様達の暮らしの知恵です。

Posted by: demizo at 2007年07月13日 09:27

明朗会計なのに現金が多い、ってなんかぷーままのお人柄、って感じです。

そう、山の神さま(ヤマノカミ、じゃなくてね)がおまけしてくれたのよ。

昔は登山者だけでなく、世の中全体が貧しく、というより質素、堅実だった。
今や、全国各地「どこでもドア」で行けて、都会と同じような便利さを求める人が多い。

エコライフ、スローライフなんていうけど、本のちょっと前まではそれが当たり前だったのよね。

Posted by: ビンママ at 2007年07月13日 09:34

う〜ん、不思議なお金のお話・・・
山の神さまがついてたんですよ、きっと。

寒い山の上での暖かいご飯とお味噌汁、それは心に染みますね。

Posted by: とすか at 2007年07月13日 14:34

>パンの耳をかじりながら・・・
だはは、私もその一人でした。
だからいつもテント。
山小屋に泊まる余裕さえなく、山小屋で暖かいご飯を食べる人達が羨ましかったです。
でも、みなさん、結構慌ただしい食事だったんですね(笑)
それをバーンと作っていたぷーままさん、すごい。

Posted by: ハッピードッグ at 2007年07月13日 22:03

あ~~~~~!
さっき覗いたら119996で、じゃ、ちょっとトイレって行って戻ったらまだ119997で。

そろそろ最後の散歩の仕度、とウンチ袋を用意してから開いたら・・・120002

あ~~~~!
私がムダに2回開かなければ!!!

どなたかな?
おめでとうございます!

Posted by: ビンママ at 2007年07月13日 22:58

kazuさん、全く今もって不思議な話です。
どうしてかなあ???

Posted by: ぷーまま at 2007年07月14日 16:54

demi_zoさん、ものの無い山小屋でしたから、変わったものを習いましたよ。
水に戻したスルメの天麩羅とか・・・
350m下の樹林帯までヨモギを摘みに行って料理したり・・
まあ、ほとんどが乾燥食品とかの保存食品を使った料理でしたね。
フランスパンをみんなでおろして、フライをしたことも会った(笑)

Posted by: ぷーまま at 2007年07月14日 16:58

ビンママ、今この場所にある小屋では、
立派な食事が出るのですよ。
トイレは水洗、お風呂もあるとか。

Posted by: ぷーまま at 2007年07月14日 17:01

とすかさん、温かいご飯と味噌汁が一番のご馳走だった小屋でした。
ご飯のお代わりが自由だというだけでもすごかったのです。
残念ながら味噌汁は一杯だけでしたね。

Posted by: ぷーまま at 2007年07月14日 17:13

ハッピードッグさん、私は体力がそうそうはなかったので、小屋泊まりの自炊がおおかったです。
ツウェルトは持っていきましたが、それ以上担いで縦走する体力がなかったのです。

(友人と近い冬山に行くようになってからはテントを担いでいきました。)

Posted by: ぷーまま at 2007年07月14日 17:18

ビンママ、誰からも申し出がないのですよ。
誰かしら???

Posted by: ぷーまま at 2007年07月14日 17:19
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